2018年8月9日(木)
小さな町ごとに、小さなかたちで
– Chef in Residence 滞在記 #01 川本真理 –
今年の1月中旬から1ヶ月間、シェフ・イン・レジデンスでかま屋料理人として働いていた川本真理です。料理人ですが、ピアノ弾きでもあります。
私は料理が学びたくてイタリアのレストランの厨房で3年間働いていました。その間に、Nomadic Kitchen の Instagram からフードハブの取り組みを知り、帰国してすぐに徳島県神山町へ向かい、その縁から約1ヶ月のシェフインレジデンスがはじまりました。
今回は私が神山シェフ・イン・レジデンスで体験したことや、そこにいたるまでの経緯についてお伝えしたいと思います。
普段の暮らしからはじまる
社会運動としての料理
〜シェフ・イン・レジデンスまでの経緯〜
最初に、私が料理をはじめたきっかけからお話したいと思います。
こどもの頃から料理が好きだったことがありますが、地域の自然や環境を守る活動をしていた両親の姿を見て育ったことが大きいです。社会を変えたいという想いから、外で市民運動をしていた両親。その姿は立派に感じていましたが、世界でアンフェアに作られている食材や、遠くから運ばれてくる冷凍食品を食べる暮らしをしていては(私の家庭だけに限ったことではありませんが)矛盾があると感じ、食や暮らしをもっと丁寧に大切にしたいと考えるようになりました。
問題に声高に反対や批判の声を上げることももちろん必要ですが、同時に日々の生活自体からもできることが多くあると考えています。ですので大きなところからではなく、普段の暮らしからはじまる社会運動にずっと興味があり、お店で働くなかでも、食や料理で社会を変えたいという気持ちは持っていました。
大学を卒業したのち、青山のビーガンカフェ、鎌倉のオーガニックレストランで働き、イタリアで3年間、レストランの厨房で働きました。職場は料理に化学調味料を使ったり、いかに食材を安く仕入れて儲けるか、というお店は選ばずに、オーガニックな食材を大切にするお店を選んできました。
その後イタリアに渡ってからは、幼稚園や小学校でこどもたちに料理を教える食育の授業に関わることや、自分たちの庭や畑で収穫した野菜や野草を料理をする経験をさせてもらいます。
イタリアに渡ったのは、もともと北イタリア発祥のスローフード運動が実際にどんなことをしているのか見てみたいという気持ちもあったから。スローフード運動は、ざっくりな言い方になりますが、経済や食のグローバル化に対して地産地消や伝統料理を受け継ぎ守ることで、地域の生産者さん、環境、まちづくりなどに食によって貢献する食による社会運動です。
私が働いていたお店は小さな町の中で、小規模の生産者さん、有機農家さんと食堂、お客さんが小さな経済のなかでダイレクトにつながり、食や町を豊かにしているように感じました。日本でもこんな取り組みが広がったらいいなと思っていたところに出会ったフードハブは、私にとってイタリアのスローフード運動の日本版のように思えました。
一人ひとりの想いや働き方に出会えたことが
一番の収穫
〜神山、フードハブで経験したこと〜
かま屋やかまパン&ストアにはじめてお客さんとしてお店を訪れたときに、スタッフの皆さんの笑顔が優しく、感じがよくて、また何度でも来たい場所だな、と思えました。どこまで自分が役に立つかわからないけれど、実際に滞在して働いてみたいと思ったのは、フードハブの取り組みを学びたいと思ったことはもちろんですが、素敵なスタッフさんたちと知り合い、一緒に働き、話してみたいなという気持ちが強かったからです。その予感のとおり、スタッフさん一人ひとりの仕事への想いや働き方に出会えたことが一番の収穫です。
またフードハブでは、農業、食堂、ストアやパン、食育と、他分野な取り組みとそれぞれのメンバーがいて、地域の生産者さんもいつも身近に感じられました。通常の飲食店だと料理人と接客のスタッフでお店をまわすのですが、フードハブにいると常にいろんな分野の人たちと交流しながら仕事ができます。
特に農業チームと一緒に自分の料理に使う人参やブロッコリーを収穫したり、収穫したばかりの力強い季節の野菜からパワーをもらって料理できることは料理人にとってとても幸せなこと。寒い中で長時間作業する農業チームの苦労も、束の間ですが経験することができました。イタリアで旬の野菜を収穫したり、市場で新鮮な野菜を買い付けていたときの、野菜から力をもらって料理していた感覚を、帰国してからはじめてここ神山で感じることができました。
食育で小学校のお豆腐作りに参加したことも貴重な経験です。イタリアの学校でこどもたちに料理を教えていたように、日本でも食育でこんな取り組みができるんだということが経験できました。何よりも取り組むこどもたちが真剣で、素直でとてもかわいかったです。
他にも、パンチームとは、ディナービュッフェに向けて一緒にニョッキを作ったり、ベジバーガーのためのバンズを作ってもらえて嬉しかったですし、身近に信頼できる美味しいパン屋さんがいる環境もとても恵まれていると思いました。もちろん料理チームとは一番長く過ごせたので、一緒に仕事ができて楽しくいろいろ学ばせてもらえました。
フードハブでの私自身の収穫はすでに述べさせてもらったことに加えて、私が料理やメニューを作るうえで真鍋さん(フードハブ支配人)に「より川本さんらしいメニューをやってほしい。そのほうが川本さんがどんな人かわかるし、今後もお互いに関係性ができるでしょう。」と言ってもらえたことでした。お店のためにどんなレシピや料理を作ったら役に立つかな、とちょっと背伸びして堅く考えていたのですが、真鍋さんにそう言ってもらえて、優等生の料理人にならなくてよいから、より自分が楽しめることや、ふだん自分がしている料理を表現しようと思えました。
また、料理を通して、何が自分らしさなのか、自分だからできる料理や大切にしたいことをあらためて考えるきっかけとなり、経験させてもらえたことに感謝しています。
ただ心残りとしては、お店を立ち上げて1年弱の大変な時期でもあり、現場のメンバーさんの余裕もなく、多くの料理を教えることが難しかったこと。その忙しい中でも水面下で出来ることを頑張る皆さんに励まされました。
日本の飲食店で働いていた20代、私は全く優秀なスタッフではなかったけれど、仕事に対する想いだけはあって、仕事に多くの時間とエネルギーを使ったり、できるだけスタッフ間のコミュニケーションが円滑になるような環境を作れるよう、考えていました。
そのなかで自分と同じようなモチベーションでできないスタッフのことを内心責めてしまったりもしました。でもここに来て、メンバーさんの働き方に対する考えや価値観、立場の違いなどそれぞれの多様な姿勢に触れて、自分が仕事第一の姿勢をもち、それを仕事で他の人にも同じように求めることは間違っていたと、自分を省みるよい機会にもなりました。
自分ができることと同じことを人に求めることは、ときに通用しないことや、人にはいろんな生き方や事情があり、そのうえで個々人や組織での働き方を考えなくてはいけないと、自分が狭い価値観のなかで奢っていたことを考えるきっかけをもらえました。一般的に仕事は目に見える結果や利益が重視されがちですが、そこに至る過程や目に見えない一人ひとりの気持ち、働き方、生き方が尊重されることが大切なことで、働き方と対話が、私にとってこれから大事なテーマだと気付かされました。
小さな町ごとに、小さなかたちで
〜“小さな食料政策*” 晩餐会でのこと〜
シェフ・イン・レジデンスで神山に滞在した成果発表として、最後にディナービュッフェを開催し、つなぐ農園の野菜や神山、徳島の産物を使って15品目を作りました。メニューは以下の通りです。
【お通し】ハリイカのタルタル
【サラダ】そば米とつなぐ農園のサラダ、古代小麦のグレインズサラダ
【前菜】サルサヴェルデのカナッペ、かまパンで作ったポルペッタ、人参のクミンコリアンダーソテー
【主菜】つなぐ農園のベジバーガー、玉ねぎ詰め物焼き、すだち鶏の菜の花巻き
【パスタ・リゾット】ふきのとうのリゾット、里芋のニョッキ カリフラワーのソース、おこげじゃこと若芽の餡かけ
【デザート】干し柿と人参のケーキ豆腐クリーム、ゆずとアーモンドのメレンゲ菓子、藻塩と桜の花のティラミス
つなぐ農園の野菜は味が濃く、力強く、徳島の市場の魚介やお肉も新鮮で美味しく、メニューを考えながら何を作ろうかとワクワクしました。神山は土地が里芋を作るのに適しているそうで里芋がとても美味しく、通常はじゃがいもで作るニョッキを里芋で作ってみました。
また、かまパンのパンで、南イタリアで作っていたパンのコロッケ、ポルペッタや、つなぐ農園の大豆と野菜で作ったベジバーグをかまパンのバンズで挟んだベジバーガーを作りました。徳島県特産のそばの実を使ってそばの実ドレッシングを作って和えたサラダや、神山のお豆腐屋さんのお豆腐で作った豆腐のティラミスも、この土地だからこそ作ることができた一皿だと思います。
この日のディナービュッフェでは、野菜と米油とお塩だけで作った「神山の味のもと」を提案しました。最初のお通し、ハリイカのタルタルをご飯にのせて配膳し、皆さんにうずらの生卵と卓上にあらかじめ置かれた「神山の味のもと」をスプーンですくって上からかけて召し上がっていただくところからディナーが始まりました。
以前、親子向けに料理をしたイベントで、参加されたお母さんに「忙しいからいつも粉末ダシや固形スープの素を使ってしまうんですけど、どうしたらそれを使わなくてもコクが出せるんですか?」と訊かれて、提案したいと思ったのが、野菜で作る味のもとでした。
子どもたちの食事には、味が均一になってしまう粉末ダシや固形スープの素はできるだけ使ってほしくない、何より季節の野菜の味をしっかり感じてほしいと思っています。
今回の料理でもベジバーガーやリゾット、ニョッキのソースなどに神山の味のもとを使ってみたのですが、リゾットなどはブロード(野菜の洋風ダシ)を使わずに料理できて使い勝手がよく、お客様からも朝食のパンにのせたら美味しかった、など感想をいただきました。
一般的に飲食店の厨房では固形や粉末のダシが使われていたり、いかに安く仕入れて儲けるか、ということが大切であるかのような風潮があるように思います。飲食店だけではなく最近の日本の政治からは倫理や哲学が欠如してしまい、手段であるはずのお金が、小さな側の声や大切なことを犠牲にしてでも数字にみえる経済的利益が目的のようになっているように感じます。
私は帰国してまだまだこれから自分のしごとを作っていくところなのでえらそうなことは言えませんが、料理人やお店も、利益を追求するだけでなく、お店を通して何をしたいかや食材の選び方、地域のひととの繋がりをつくることがもっと大切になると思います。
かま屋さんのように農業を次世代につなぐこと、地域の生産者さんの繋がりを大切にする、できるだけオーガニックな食材を使うという意識、イタリアのスローフード運動のような取り組みが、小さな町ごとに小さな形で行われたらいいなと思います。
私の個人的な課題は、かま屋さんのように地域の生産者さんとつながって料理すること、食の安全性としてはできるだけ農薬や化学肥料が使われていない農産物を選ぶこと、遺伝子組み換え食品でないものを選んでいくことに加えて、これはデリケートな問題ですし、私はまだ実践できていないのですが、東日本に暮らす上で(結婚して、今は長野で暮らしています)少しずつでもできるところから食品の放射能測定に関わっていくこと、勉強を続けていくことも、料理人のひとつの役目になっていく時代だと思っています。歳をとるにつれ、料理人として仕事を通して、こどもたち、次世代に責任があるという意識が強くなっています。
Chef in Residence から半年経った今
現在私は長野県木曽町で暮らし、少しずつ料理教室やケータリングを始めています。中でも、イタリアやフードハブで経験した〝地産地食〟が、料理をする上でより自分のテーマになりました。
ですので、料理するとき、できるだけ地域の農家さんのつくったもの、そしてできるだけ有機のものを使うように心がけています。また、お肉も長野の鹿肉や猪肉でジビエ料理もしてます。地域の産物と繋がり、地域経済や農業のこれからに少しでも貢献したい、地域の生産者さんに、こんなに美味しいもの作ったよ、と伝えたい。
また、こどもたち向けの料理教室では長野産の有機地粉を使い、手打ちパスタも作ります。自分の土地のもので美味しいものを自分で作れることを経験してもらいたいなと思っています。できたらイタリア人のように、そのことを誇りに思ってほしい。神山で作った味のもとも、木曽でも展開していきたいなと考えています。
先日は木曽町役場の方々に向けて、イタリアでの暮らしや神山町での滞在をスライド写真とトークで紹介し、長野、木曽の食材で地産地食のイタリアコース料理を作るという機会に恵まれました。
メニューは例えば、地元名産のトウモロコシを作る過程で出荷されずに大量に廃棄されてしまうベビーコーンを使った冷製スープ、野草のピクルス、鹿肉の肉団子のワイン煮、地元のお豆腐屋さんの豆乳で作ったパンナコッタなどなど。
スライドで紹介しながらあらためて、スローフード運動もフードハブも、その土地に生きるひとのための取り組みが、結果的に外部から見ても魅力的であり、人を呼びよせ、観光資源にもなりうることに気付かされました。農業や伝統料理を次世代に残していくことと同時に、“地産地食”が各地で派生することでさまざまな効果をもたらすように思います。
最後になりましたが、多くのことを感じさせてもらったフードハブの滞在と、一緒に過ごせたみなさんに感謝しています。ありがとうございます。大変なこともありますが、いつでもわくわく遊び心で、楽しく食に関わり、料理していきたいですね!
川本真理さんプロフィール:
東京のビーガンカフェ、鎌倉のオーガニックレストランで働いたのち、イタリアで3年間レストランやアグリツーリズモの厨房で料理を学ぶ。現在は長野県木曽町に暮らす。
副職でピアノ弾きをしている。2012年ソロピアノCD「カゼノカミサマノイルトコロ」発表。2018年短編映画『SAVE HENOKO』の音楽を担当。カフェや映画祭などで演奏活動もしている。
インタビュー記事:
『旅先のまちに、料理とピアノで「あるがまま」の空間を。』(雛形『かみやまの娘たち』Vol.16)
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