風景が目に浮かぶ日常のお茶「寒茶」、できました。

つくる神山の味

 冬の寒い時期を待ってお茶を作る文化が神山にも残っていました。

『寒茶』という名は、12月から2月の寒い時期に茶葉を摘み取ることに由来します。

 この時期の茶葉は水分が少なく、防寒の為にでんぷんや糖分を含み栄養を蓄えているため、煮出した時に甘みが増すそうです。さらに、冷たい風にさらすことで甘みが増し、飲み口の優しい、スッキリしたお茶として知られています。

 今回寒茶を作ることになったのは、夏に阿波晩茶を教えて下さった西千代美さんが、お茶は一年中作れると教えてくれた事がきっかけでした。何度か西さんのお宅に伺う中で、実際に一緒に作業させてもらったり、出来上がったお茶を試飲させて頂いたり、西さんの日常の中にあるお茶づくりを間近で体験させて頂きました。そして、この美味しいお茶を是非みなさんにも伝えたい、飲んでもらいたいという想いから、寒茶作りがスタートしました。

 フードハブとして寒茶作りに取り組んだのは1月の中旬。白桃家のハウスをお借りして、枝ごと刈り取ったお茶の木から、古葉の綺麗な部分だけを手で摘み取ります。白桃じいちゃんとばあちゃんにも手伝って頂き、1日でコンテナ3杯分の茶葉を摘みました。

 翌日、まずは茶葉を綺麗に洗います。無農薬、無化学肥料で育った自然のままの茶葉ですが、流水にさらすと砂埃で結構汚れていました。次に、外で薪を炊いて、その上にほうろく(鉄のフライパンの様な物)を乗せ、少量の水で蒸しながら茶葉を炒めていきます。薪の燻された匂いと、茶葉の香ばしい香りがとても良い香りでした。お茶屋さんの前を通った時のほうじ茶を作っている時の匂いと似ています。茶葉が焦げない様に、木べらや菜ばしで上下をひっくり返しながら、茶葉が全体的に茶色に変わるまで炒めます。

 

 炒め終わった茶葉はシートの上に広げ、熱いうちに綿棒で叩きます。この作業は手もみと同様の役割があり、茶葉を叩いて柔らかくしていきます。意外と体力を使うこの作業。綿棒を右、左と持ち替えてはトントン叩きます。

 その後、シートの上に重ならない様に広げていき、天日で干します。完全に乾くまで1日に数回、茶葉をひっくり返したり、重なっている葉をはがしたり、風で飛ばされていないか様子を見に行きます。少しずつ乾き始めていたのですが、3日目は雪予報!急いで干し芋用のネットに移し、かま屋裏の作業場へ移動させました。湿気が多い日にはしんなりと、天気の良い日にはまた乾き、朝晩の冷え込みで夜露が付いては日中のからっ風で乾燥を繰り返し、1週間程で良い音がし始めました。茶葉がカサカサと音を立てたら完成の合図です。

 やかんに水を入れ、茶葉をひとつかみ。そのまま煮出し、15分蒸らします。綺麗な黄緑色のお茶に仕上がっていました!緑茶や晩茶とも違う、素朴でまろやかな口当たり。手もみならではの、お茶の葉そのままの形をした寒茶。寒い中、作業した甲斐がありました。

 今回、神山では1年中お茶作りが出来る事を学び、この豊かな里山に感謝すると同時に、昔から変わらずお茶を作り続けてきた人達の文化を、途絶えさせてはいけないと思いました。日常の中にあるお茶が自分で作ったお茶だったら、きっと、その1杯を飲み干すまでに色んな風景が目に浮かびます。

 西さんは、お茶を飲みながら昔の事を語ってくれました。戦時中、ここから徳島の町が空襲にあい、町が赤く染まる姿を見ていたと。今でもその風景は目に焼き付いていると。辛い時も、喜びに溢れる時も、日常の中にあったお茶。思い出を重ねながら毎年変わらず作り続ける事は、より一層お茶を美味しくしてくれるエッセンスではないかと思いました。

 寒茶は、緑茶や紅茶に比べ、タンニンやカフェインが少なく胃に優しいので、お子様やお年寄り、妊婦さんにも安心して飲んで頂けます。かま屋でもお出しする予定なので、みなさま是非飲みにいらして下さいね!

この日誌を書いた人

中野公未

かま屋料理人
中野公未 (さとちゃん)

料理人。神奈川県出身。都心の居酒屋や定食屋を中心に働く。都会での生き方に疑問を抱き、移住を決意。神山の土地と人に引き寄せられフードハブへ。”今、ここ”でしか経験できない事を、楽しみながら吸収中。

その他の活動

前へ次へ 閉じる