白桃 茂|農業指導責任者 からのごあいさつ

プロジェクトのこと

2017年3月1日(水)オープニング式典にて挨拶する農業指導長の白桃 茂(フードハブ・プロジェクト役員)
2017年3月1日(水)オープニング式典にて挨拶する農業指導長の白桃 茂(フードハブ・プロジェクト役員)

神山町で代々農業を続け、Food Hub Projectの役員でもある、農業指導責任者の白桃茂(しらもも しげ)の2016年3月1日のオープニング式典での挨拶文を掲載します。

私たち、Food Hub Projectの理念は、ここにあります。

初心、忘るべからず。

ここから、みんなで日々、精進して「日常」を育てていきます。


 

本日は、お忙しい中ご出席いただきありがとうございます。

「出会い」が、いかに大切か。

今、私がこの場にいるのも、支配人の真鍋さんと息子(白桃 薫|神山つなぐ公社所属、フードハブ 農業長)が出会ったことから、1年前、農業者として10日間のサンフランシスコ視察研修に参加したことがきっかけです。

視察中、段取り、車の運転、通訳を1人でつとめて、顔色ひとつ変えないで、皆に気遣いしてくれる真鍋さんを見て、「この人、すごい人だな。この人なら神山を変えてくれるな」と強く思いました。

アメリカでは、女性の社会進出が進み、インスタント食品など食生活により、体などへの問題発生から、無農薬、有機野菜での生産に進み、行政として学校での食育、シェフと農家と消費者と、食べ物が基本として、うまく4者がつながっていたように思います。

今、全国的に過疎が進み、この神山でも、親から子供へとつながりがなくなり、地域の仕組みが崩壊しているように思います。

私も農業をしていて、お年寄りから「子供が都会に出て行って、先祖から守られてきた田畑が荒れ、自分の代で終わってしまうのが、忍びない」との話を聞くことが増えてきましたが、一人の力ではどうすることもできず、心を痛めているところです。

わが屋では先祖代々、地域に合ったもち米・麦を、毎年絶やさず作ってきた事が「それ宝物ですよ」と、当たり前のようにしてきたことが、真鍋さんの一言で、気づかされました。

地域や家庭の中で、なにげなく伝えてきたことが、宝物と気づかせてくれ、つないでくれるのがこのフードハブ・プロジェクトだと思います。

私の親が「昔、米ぬかを使ったお菓子を食べていた」とのなにげない一言から、メンバーがいろいろ試作してくれ「カミヤマメイト」が誕生するきっかけになりました。

今まで、つなげてきたささいないこと、子供に伝えられなかった事を話してみませんか。

農業部門としては、研修生を受け入れ、耕作放棄地が拡大しないよう、農地の維持管理に努めるとともに、学校での食育など、お手伝いして行こうと思います。

フードハブ・プロジェクトは短い準備期間での立ち上げとなりましたが、5年後に、今していることをしても遅すぎると思います。
今しかないと思います。

皆さん、メンバーの目の色が違うのがわかりますか。

今までの会社を辞め、家族で移住し、この神山でやって行こうとの強い気持ちがあり、私自身このメンバーで、この空気の中にいることを、うれしく思います。

これからいろいろ壁に当たることもあると思いますが、町民の皆様のご協力がなければ、このプロジェクトを進めることができませんので、何卒、ご協力の程よろしくお願い申しあげます。

フードハブ・プロジェクト 農業指導責任者 白桃 茂

テープカットならぬ、稲わらカット。左から㈱フードハブ・プロジェクトの代表 林、神山町 後藤町長、神山 町議会議長 樫本氏、農業指導長 白桃。

この日誌を書いた人

真鍋 太一

FHP支配人
真鍋 太一 (まなべたいち)

支配人(COO)愛媛県出身。2014年3月より妻子と神山町に移住。2015年度の地方創生ワーキンググループの検討会で農業長の白桃と出会い、フードハブ・プロジェクトの立ち上げに至る。社会とつながり「暮らすように働く」ことを企業の価値づくりに役立てるべく家族と友人たちを実験台に検証中。神山町にサテライトオフィスを構えるモノサス プロデュース部の部長も務める。

その他の活動

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